
最高の箸ってなんだろう?
箸屋の私たちは、常にこのことを考えて仕事をしているけれど、最高という感情的な評価は人それぞれ違う。
使い心地、デザイン、技法、素材、手触りなど挙げればキリがない。箸蔵まつかんの「極」シリーズは、考えられる最も贅沢な作り方でものづくりをした箸。
そのシリーズの始まりでもあり、代表作の『櫻』。この箸は、日本人に親しみのある和桜を木地に使用し、漆の最高級品である岩手県の浄法寺漆で仕上げてある。これだけでも十分贅沢だが、一流の素材も仕上げる職人によって味わいは全く変わってしまう。
伝統が息づく地・木曽平沢——漆器の里400年
長野県塩尻市の木曽平沢。日本三大美林の一つでもある木曽ヒノキをはじめとする豊富な森林資源と、山々に囲まれた湿潤な気候を生かし、江戸時代の初めから400年以上漆器づくりがされている産地。もちろん木曽漆器は、若狭塗同様に国内で22ある漆器の伝統工芸産地の一つ。
「木曽漆器は、何が代表的ですか?と聞かれると、毎回答えに困ってしまいます。木曽春慶(しゅんけい)や木曽堆朱(ついしゅ)、塗分呂色塗(ろいろぬり)などの伝統工芸品として指定されているものだけではなく、特徴的な塗りの技法が産地にはたくさんあるんです。その多様な技法があることが木曽漆器の特徴かもしれません」
そう答えてくれたのは、これまた日本の三大宿場でもある美しい宿場町で有名な奈良井宿から中山道を登り、左右に漆器屋が建ち並ぶ木曽平沢で、江戸時代から約100年続く「伊藤寛司商店」の4代目 伊藤寛茂さん。
「伊藤寛司商店」の店構えと4代目の伊藤寛茂さん。
漆を知る者だけが塗れる技
「木曽漆器は、近くに豊富な木材があったことと、明治初期に地元で発見された『錆土(さびつち)』という下地材が発見されてから大きく発展しました。その後の高度経済成長時には、座卓の生産も盛んになり、職人たちが軒を連ねる街並みになったそうです。ただ、和室の減少など時代の流れとともに、お椀や桶、おひつ、そして、箸などの小物を作るようになり、今では塗りを続けている家も少なくなりました。漆の精製を自分たちでしているのは、うちくらいじゃないでしょうか」
伊藤さんは、今でも「天日手黒目精製(てんぴてくろめせいせい)」と言われる生漆を天日に当てながら長時間混ぜ、水分を取り除いて黒く精製する方法を毎年夏に実施している。
「漆を塗ることは、漆を知っていなければできません。天日手黒目精製の際にも、温度によって出来上がった漆の乾き方が変わってきます。年間を通して安定的に塗りができるよう、多様な漆を持ち、質には徹底的にこだわるようにしています」
伊藤寛司商店を奥に進み、住居空間を横目に中庭を通ると、「塗蔵(ぬりぐら)」と呼ばれる作業場に通してくれた。工房には、「不乾」や「遅口」、「国産」などさまざまな付箋の貼られた漆が所狭しと置かれている。製品の塗り方や色、時期によって使う漆は変えているそうだ。
漆は、一つのものを使うだけではなく、混ぜ合わせたりすることで、自分好みの漆を作り上げているそうだ。

1膳の箸ができるまで
「櫻の箸はちょっと特別ですね。国産の中でも上質な浄法寺漆。あの吸い付くようで優しく柔らかい、独特の触り心地は浄法寺漆の味ですね。他の漆で同じように塗っても、ちょっと違います」
今回は、特別に作業工程を分かりやすくご説明いただくため、工程見本を作ってくれていた。

櫻は、すり漆から始まり、塗っては研いでの下塗り、丁寧に塗り重ねる上塗りの合計6回の塗り工程がある。
「仕事は、毎朝漆を濾すところから始まります。大切にしているのは、一滴も無駄にはしないこと。最近、隣の松本市でも漆を採取するようになったのですが、漆掻きは本当に大変。漆はとても貴重なものです」
“ウマ”と呼ばれる漆漉し器で丁寧に漆を漉し、和桜の木地を一本手にして、刷毛に漆をつける。そして、木地の周りを螺旋のように刷毛が滑り、均一に漆が塗られていく。

螺旋状に塗り、均一に伸ばしていく。角に溜まらないよう、丁寧に。
均一に塗った後、長い針のように尖らせた鳥の羽軸を使い、細かな塵を取り除く。塗り立てで仕上げられる櫻は、極小の塵すらも塗り重ねるごとに目立ってしまう。この研ぎ出さずに仕上げる塗り方だからこそ、あの柔らかくてふっくらとした独特の浄法寺漆の質感が生かされる。

注視せねば見えない程小さな塵も見逃さない。
丁寧な塗り作業にうっとりとしていると、箸頭部分の仕上げを見せてくれるという。見学して初めて知ったのだが、櫻は全体を均一に塗るため、塗りの時には竹籤の軸が付けられている。その竹籤もきれいに落とし、頭を研いだ後、乾漆で仕上げられる。
「漆ってとても固いんです。だから、この乾漆を作るのは苦労しました。ミキサーや薬研を使ったり、どうしたら細かくできるのか試行錯誤して。正直、もうやりたくないと思うほどです」
伊藤さんが持ってきてくれた袋には、炭の粉のように黒くて細かな乾漆が入っていた。箸頭に漆を塗って、ただでさえ細かな乾漆を篩にかけ、一本の箸に振りかける。すると、滑らかな箸肌にコントラストを与える上質な箸頭が仕上がった。

「手間はかかるのですが、この方法が一番きれいに仕上がる」と、息を呑む作業を淡々とこなす伊藤さん。
「漆は面白いですよ。乾き方や色、うまくいくこともあれば、失敗することもある。とても難しいからこそ、魅力があると思っています」
国内で最も上質と言われる浄法寺の漆を、こんなにも漆と丁寧に向き合いながら仕事をされる塗師に塗ってもらい、仕上げられる櫻。最高の素材と技から生み出される、これ以上贅沢な漆の箸はあるだろうか。

photo & text by:
堀越一孝
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櫻(さくら)夫婦 23cm/21cm
22,000円(税込)
https://www.hashikura1922.com/view/item/000000000832
櫻(さくら)夫婦 23cm
11,000円(税込)
https://www.hashikura1922.com/view/item/000000000862
櫻(さくら)夫婦 21cm
11,000円(税込)
https://www.hashikura1922.com/view/item/000000000863

